人生に「余白」をつくる

日々、興味のない仕事に追われ、家に帰れば食事をして寝るだけ。そんな生活は、「余白」のない人生かもしれない。

もちろん、仕事や他の何かに強い熱意を持って多くの時間を割いているなら、それほど大きな問題はないだろう。ただ、多くの人はそうではないのではないか。

休日は疲れ果てて寝ている。あるいは、ゲームやSNS、映像コンテンツを見続けている。このような状態を、人生に「余白」がある状態とは呼べない。体と心が休まっているとは言えないからだ。

余白のない状態は、突き詰めれば、「何もやる気が起きない」という状態を生みかねない。最近では「ゲームのスイッチが押せない若者が増えている」という話もあるようだ。外出や運動はおろか、自らの楽しみでさえ手を伸ばせない。そんな恐ろしい状況にいる人が増えている気がする。

人生は一度しかない。使い古された言葉だが、人生の最期に、自分自身のこれまでを振り返ってどう思うか。それを考えてみるきっかけになればと思う。

時間的余裕

人生の余白にまず必要なのは、「時間的余裕」である。

フルタイムの仕事をしている人であれば、一般的には少なくとも平日7〜8時間(もしくはそれ以上)は、仕事に時間を使っているだろう。

仕事というのは、本来であれば、人生に良い影響をもたらす面が多い。仕事は辛く苦しいものと考えている人もいるが、会社などに所属しているという「共同体感覚」や、社会に貢献しているという「貢献感覚」は、長期的には良い影響をもたらす。

ただし、それは仕事があなたの幸福に好影響を与えているときに限る。不必要に忙しかったり、そもそもその分野に興味がなかったりすれば、ストレスが積み重なって、いつかあなたを蝕んでしまう恐れさえある。

もう一つ大事なのは、自分の人生を自分でコントロールできているという「制御感覚」だ。やりたくもないフルタイムの仕事をしていると、自らの人生は会社などの組織に支配され、自分の時間は常に削られ続けてしまう。

「時間的余裕」は、自ら作り出すものだ。今の仕事でそれが実現できないと感じるなら、仕事を変えるのも一つの選択肢だろう。経済的に余裕ができれば、自分が本当にやりたいと思うことに時間を割く選択もできる。

長期的に、自分が何をしていたいか。目標を立て、そこに向かって進むことも、自分の時間をコントロールするための大事な要素である。

さらに、「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視しすぎることも危険だ。人によっては、時間を無駄に過ごすことに抵抗があったり、予定表を埋めることが喜びだったりするだろう。

ただ、多くの場合、創造性や心の平穏を得るためには、「何もしない時間」や散歩をする時間、瞑想のような「今ここ」に集中する時間が大切だ。タイパを意識して意味のあることをし続ける人よりも、時間的な余裕がある人のほうが、将来的に成功する可能性は高いかもしれない。

精神的余裕

先ほどの時間的余裕と重なる部分もあるが、精神的余裕を持つこともとても重要だ。私が敬愛する作家ナシーム・ニコラス・タレブが重んじる、「心の平穏」にあたるものである。

「心の平穏」がない状態が続けば、精神的な病や身体的な病にもつながりかねない。

では、「精神的余裕」とは、いったい何だろうか。

私にとって、それを見つけることこそが、人生の目的の一つである。仕事から抜け出したい、すべてを放り投げて一人で旅に出たい。私たちが今感じているそうした「心の平穏を得るための方法」は、必ずしも、精神的余裕にとって真に価値のある方法とは限らない。

仕事がなくなれば、社会とのつながりは途絶え、仕事を通じた人間関係も失われる。さらに、社会に貢献したいという欲求が満たされないことで、生きることの意味を見いだせなくなるかもしれない。

一人で旅に出れば、孤独と向き合うことになる。金銭的な余裕がなくなれば、路頭に迷うことにもなりかねない。

もちろん、今あなたが感じている「精神的余裕を生み出すための方法」を実践するな、と言っているわけではない。むしろ、それがうまくいくかは分からないという前提のもとで実践し、試行錯誤を繰り返すことこそが、人生にとって価値のあることなのだ。

あらゆるものに、余白を

余白がないことは、余裕がないことである。

たとえば、ある家のリビングを想像してみよう。経済的に余裕があれば、テレビの横に観葉植物を置いたり、ソファを買ったり、服をラックに飾ったりしたくなる人も多いだろう。もちろん、その一つ一つを否定するわけではない。ただ、物であふれて部屋のスペースに余裕がなければ、インテリアの観点から見ても、あまり良い状態とは言えない。

これは多くのことに当てはまる。「時間」「精神」「食事」「運動」「睡眠」「資産」「やるべきタスク」「遊び」。余白があるからこそ、私たちは物事の価値を最大限に引き出し、それを楽しみ、意味のあるものにできる。

何事もバランスが重要で、適切な余白の大きさは人それぞれだ。自分にとって必要な余白の大きさを見つけていくことも、人生の目的の一つかもしれない。ただ、余白のない人生を送っている人が多いのは、確かなことのように思える。あなたの幸福のために、自分だけの余白を見つけてみてはどうだろうか。

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