「本・旅・人」――人生を豊かにする最適な手段を探求する

ライフネット生命の創業者であり、APU(立命館アジア太平洋大学)の学長も務めた出口治明氏。歴史をはじめとする膨大な知識を持つ、日本を代表する「知の巨人」のひとりである。

私が惹かれるのは、彼の華々しい経歴ではない。圧倒的な読書量と、知ることへの尽きない好奇心だ。歴史を深く愛し、第一線の研究者と並んでも引けを取らない知見を持ちながら、その知識を自分の中だけに留めない。誰にでもわかる言葉に編み直して、世に届けている。そこに、私は静かな凄みを感じる。

ただ、ここで語りたいのは、出口氏その人のことではない。彼が繰り返し語る「人・本・旅」という言葉についてだ。人生を豊かにするために欠かせないのは、この三つである。それが彼の信条だ。

人生の「三種の神器」

「三種の神器」といえば、歴代の天皇が皇位の証として受け継いできた、八咫鏡(やたのかがみ)・天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の三つの宝物を指す。昭和の世代であれば、昭和30年代の白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫、続く昭和40年代の「3C」、すなわちカラーテレビ・クーラー・自動車を思い浮かべるかもしれない。いずれも、その時代の豊かさの象徴だった。

私にとって「人・本・旅」は、人生を豊かに生きるための、まさに三種の神器である。私たちが感じるあらゆる喜びは、この三つのどこかに行き着く。そう言っても、過言ではないだろう。

なかでも、いちばん大切なのは「人」だ。アドラー心理学では、あらゆる悩みは対人関係の悩みだと考える。岸見一郎氏と古賀史健氏の『嫌われる勇気』で広く知られた考え方だ。「すべて」かどうかは断定できないものの、悩みのほとんどが人間関係に端を発しているという話には、実感としてもうなずける。だとすれば、「人」の重みはやはり別格なのだろう。

もっとも、これはとにかく多くの人と関われば良いという意味ではない。身近な人と丁寧に関係を築き、旅先で出会った人、日々の暮らしの中で出会う人と、心を通わせていくこと。それが人生に良い影響をもたらす本質だということだ。

本を読むことと、人に出会い、旅をすることは、一見すると対極にあるように見える。けれど、少し視点を変えれば、私たちの人生の時間は、この三つだけで満たすことができる。

「旅」といっても、綿密な計画を立てて遠くへ出かけることだけを指すのではない。家の近所を歩いてみる。少し電車に乗って、知らない街に降り立ってみる。それもまた、ささやかな旅だ。そこでしか出会えない体験や人との出会いから得る本当の喜びに、私たちはまだ気づいていないのかもしれない。

小さな板に、自分の世界を明け渡さない

この三つと真逆の場所に立ち、いまの社会を静かに支配している小さな機械がある。もうお気づきだろう。スマートフォンだ。パソコンをはじめ、あらゆる電子デバイスが私たちを取り巻いているが、なかでも私たちの世界と時間を奪っているのは、この手のひらに収まる板である。

私たちはその15センチ×7センチほどの世界で、いったい何をしているのだろうか。

ゲームやSNSに興じる人は多いだろう。SNSは、まさに「人」を扱う行為だ。普段は会えない人、遠く離れた人とも、手軽につながれるようになった。その点では、スマホに軍配が上がるのかもしれない。けれど、それを本質的なコミュニケーションだと感じている人は、多くないはずだ。

ここで言う「人」とは、実際に人と接し、話し、意思を交わすことで得られる幸福感や知恵、気づき、理解、そして共感のことである。かつて小さな共同体で暮らしていた私たち人類にとって、人と直接向き合うことは、何ものにも代えがたい喜びだったはずだ。

また、「本」の価値を一つだけ挙げるなら、それは情報の密度だろう。YouTubeにも、良質な動画は数多くある。しかし全体としては短い時間で消費され、密度の薄いものになりがちだ。一瞬の刺激は与えてくれても、人生を変えるほどの重みを持つことは稀である。

そして、「旅」だけは、どうあがいてもスマホでは代替できない。それでも多くの人は、指先ひとつで美味しそうな料理を眺め、見知らぬ街の景色を楽しんだ気になっている。けれど、それが自らの足で、電車や飛行機でたどり着いた真の感動に及ぶことはない。その土地の空気、匂い、肌にあたる風。そのすべてが私たちを刺激し、何にも代えがたい記憶として刻まれていく。

次から次へと欲望をかき立てる、依存性の高い四角い板。その前で、私たちは「人・本・旅」の価値をつい見失う。

誤解してほしくないのだが、ここでの主張は「スマホを捨てろ」ということではない。それが不可能であることは、私自身を含め、誰もがよく分かっているはずだ。

「人・本・旅」を大切にするとは、この手のひらサイズの機械に、自分の世界を明け渡さないということだ。SNSで見かけて、まだ訪れていない場所はないか。まだ味わっていない料理、まだ出会えていない人は。少しずつ自分の世界を現実に置き換えていくことで、私たちは本当の豊かさを取り戻せるはずだ。

終わりに

出口氏の「人・本・旅」という言葉は、特別な人だけに向けられた教えではない。誰の生活の中にも、すでにその種はある。目の前にいる人と交わすひと言、1冊の本を開く数十分、いつもと違う道を歩く数分間。そうした小さな選択の積み重ねが、私たちの人生を形づくっていく。

スマホを完全に手放すことは、現実的ではない。けれど、1日のうちほんの少しだけ、顔を上げてみる。その先にある誰かの表情、本のページ、見知らぬ景色。そこにこそ、私たちが本当に求めていた豊かさがあるはずだ。

人生の最期に振り返ったとき、そこに映っているのが画面の光ではなく、出会った人々の顔であり、読んだ本の記憶であり、歩いた道の風景であってほしい。「人・本・旅」とは、そのための、最も確かで、最も静かな道標なのだと、私は信じている。

Follow me!