過剰な殺菌・消毒・抗菌は、あなたの身体を蝕んでいるかもしれない
私はかねてより、殺菌や消毒といったものに疑問を感じている。
現代に生きる私たちの周りには、「殺菌」「消毒」「抗菌」を謳った製品が溢れている。菌を殺し、ウイルスを除去することが、まるで〝正義〟であるかのように語られている。
特にコロナウイルスが猛威をふるっていた時期には、消毒は同調圧力やルール化によって、半ば強制的に行われていた。パンデミックのような特別な状況下では、一定程度必要という側面もある。
ただ、忘れてはならないのは、菌の多くは「悪」ではないということである。私たちは彼らと共存し、その恩恵を受けて生きている。誤解を恐れずに言えば、過剰な殺菌・消毒文化は短絡的であり、私たちの身体にとって害になりうると私は考えている。
本稿では、研究で分かっていることと、まだ分かっていないことを分けながら、その理由を書いていく。
そもそも、殺菌・消毒・抗菌とは何か
似た言葉だが、意味は少しずつ違う。
「殺菌」は、微生物を殺して減らす操作の総称で、どの程度まで減らすのかは決まっていない。「消毒」は、人の手や物に付いた病原性の微生物を減らし、感染の危険を下げる処置を指すのが一般的である。
「抗菌」は、日本の工業規格(JIS Z 2801)で、「製品の表面における細菌の増殖を抑制する状態」と定義されている。試験で使われるのは、黄色ブドウ球菌と大腸菌である。つまり、抗菌加工とは、その製品の表面で細菌が増えるのを抑える加工であって、空気中や手に付いた菌を減らしたり、感染を防いだりすることを保証するものではない。
菌は「敵」ではない
私たちの皮膚の上には、「常在菌」と呼ばれる菌がいて、病原性の菌が定着するのを防ぐなど、外的刺激から身体を守ってくれている。腸の中には腸内細菌、その他にも口腔内や呼吸器、生殖器といった、身体のあらゆる場所に細菌は生息している。
皮膚の常在菌は、皮膚の奥や毛穴にもいて、手を洗ったり消毒したりしても、完全にはいなくならない。手指を滅菌することは、事実上不可能とされている。だから問題は、菌を全滅させてしまうことではない。やりすぎたときに、皮膚や身体の仕組みが乱れることにある。
「やりすぎ」で、何が起きるのか
手荒れから、皮膚のバリアが壊れる
コロナ禍では、手洗いや消毒の回数が増え、手荒れや手湿疹で皮膚科を受診する人が増えたと、皮膚科医が報告している。医療従事者の手湿疹の有病率は5.8〜21%と報告され、その主体は、摩擦や乾燥による刺激性の接触皮膚炎だという。
問題は、手荒れが見た目だけの話ではないことである。傷のない皮膚は、感染を防ぐ第一の防御ラインである。感染対策の専門誌は、手荒れで皮膚のバリア機能が破綻すると、微生物にさらされたときの感染リスクが高くなり、手荒れのある手には、特定のブドウ球菌が定着しやすいと指摘している。清潔にしようとした結果、かえって感染しやすい状態をつくってしまうことがあるのだ。
消毒剤の常用と、呼吸器への影響
米国の看護師73,262人を約6年追った研究では、職場で消毒剤を週に1回以上使う人は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)になるリスクが25〜38%高かった。喘息や喫煙の影響を除いても、である。対象は、漂白剤、アルコール、過酸化水素、第四級アンモニウム塩などの消毒剤だった。ただし、これは看護師の職業上の使用についての研究であり、家庭での使用が同じ影響をもたらすかどうかは分かっていない。
乳児の腸内細菌への影響
カナダの出生コホート研究(CHILD)では、乳児757人を調べた。家庭で消毒剤を頻繁に使うほど、生後3〜4か月の腸内細菌の組成が変わり、3歳の時点で過体重・肥満になる割合が高い傾向があった。研究者は、乳児のいる家庭では、消毒剤の頻繁な使用を避けることを勧めている。ただし、これは関連を示した観察研究であり、消毒剤が肥満の直接の原因だと証明したものではない。
幼いころの微生物との出会いと、免疫
幼少期に、さまざまな微生物と触れ合う機会が少ないことが、アレルギーや喘息のなりやすさに関わっている可能性が、研究で指摘されている。「衛生仮説」と呼ばれる考え方である。
たとえば、2016年に米国で発表された研究では、遺伝的な背景がよく似た二つの農村共同体を比べた。伝統的な農法で暮らすアーミッシュの子どもの喘息は約5%、機械化した農業を営むフッター派の子どもでは約21%と、約4倍の差があった。アーミッシュの家のほこりには、微生物由来の成分が多く含まれ、子どもの免疫の働き方にも違いがみられた。子ども60人の小規模な研究だが、農場で育った子どもに、喘息やアレルギーが少ないという傾向は、ヨーロッパの研究でも繰り返し確認されている。
ただし、これらの研究が示しているのは、幼いころに多様な微生物に触れることの意味であって、家庭の掃除や手洗いそのものがアレルギーの原因になると示したものではない。英国の研究でも、現代の清掃習慣が原因だという証拠は見つかっていない。それでも、「清潔にしすぎること」が、免疫の発達に影響している可能性は、無視できないと私は考えている。
抗生物質にも、同じことが言える
もちろん、必要な場面で適切に使う抗菌薬は、命を救う薬である。だが、ウイルス性の風邪には、抗菌薬は効かない。厚生労働省も、このことを国民が理解すべきだと示している。
日本政府は2016年に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」を決定し、抗菌薬の使用量を、2020年までに2013年の3分の2に減らす目標を掲げた。実際には、人口1,000人あたり1日14.52回分(2013年)から、2020年には10.18回分へと、約3割減った。目標の33%減には届かなかったが、減少したのは確かである。ところが、2023年には11.96回分と、2020年より約17%増えている。
また、使用量そのものは、欧州の主要国と比べて低い水準だが、幅広い細菌に効く経口のセファロスポリン系、フルオロキノロン系、マクロライド系の割合が、他国より高いことが指摘されている。
抗菌薬は、腸内細菌のバランスを崩す側面も持つ。抗菌薬の使用は、重い下痢や大腸炎を起こすクロストリディオイデス・ディフィシル感染症の、主要な危険因子として知られている。「悪」を懲らしめたいという一心で、私たちに必要な「正義」の菌までも消し去っているに等しい状況は、避けたいと私は思う。
消毒は、本当にそこまで必要なのか
正直に言って、コロナウイルスのような未知の病原体や、先天的な疾患などの特別な事情を除けば、必要以上に菌を排除しようとする考え方は、合理的とは言えない。それは短期的な「対症療法」にすぎず、長期的に見れば賢い選択ではない。
街を少し意識して歩いてみると、「殺菌」「消毒」「抗菌」を謳う製品がいかに多いかに気づく。洗剤、ウェットティッシュ、便座クリーナー――こうした言葉を見ない日はほとんどない。
もちろん、衛生面に気を配りたいという人々の気持ちは理解できる。だが、菌はこの世界のあらゆる場所に無数に存在している。私たちの目の届く範囲をどれほど殺菌しても、それは大海に消毒液を一滴垂らすようなものである。
実際、米国のCDC(疾病対策センター)は2021年4月、物の表面を介した新型コロナの感染リスクは低く、表面に触れた1回あたり1万分の1未満だと整理した。そして、多くの場面では、消毒ではなく、石けんや洗剤による清掃で十分だとしている。ただし、患者が出た直後の屋内など、消毒が勧められる場面もある。
殺菌成分を含む石けんについても、米国のFDA(食品医薬品局)は2016年、トリクロサンなど19種類の成分を含む消費者向けの手洗い用石けんの販売を禁止した。通常の石けんと水より効果があるという科学的な証拠がなく、長期的には害になるおそれを示すデータもあるというのが理由である。なお、アルコールの手指消毒剤は、この禁止の対象ではない。
「菌やウイルスの繁殖を防ぎ、ニオイを抑える」といった謳い文句を毎日のように目にするが、それらは消費者の不安に訴えるキャッチフレーズでもあるように思う。
では、どうすればよいか
私が心がけているのは、次のようなことである。
- 手洗いは、石けんと流水を基本にする。 殺菌成分入りの石けんが、通常の石けんより効果的だという証拠はない。
- 家の中の掃除は、洗剤による清掃を基本にする。 消毒は、感染症の患者が出たときなど、必要な場面に絞る。
- 乳児のいる家庭では、消毒剤の常用を避ける。 研究者もそれを勧めている。
- 手荒れを感じたら、消毒薬を変える前に、まず保湿する。 手荒れは、刺激性の皮膚炎が主体であり、保湿で対応するのが基本とされている。
- 風邪で、抗菌薬を求めない。 自己判断で、以前の薬を使うこともしない。使うかどうかは、医師の判断に従う。
- 「抗菌」「除菌」を謳う製品は、何に対する効果なのかを確かめる。 抗菌とは、製品の表面の細菌が増えるのを抑えることにすぎない。
まとめ
ここまで少し強い言葉で、消毒・殺菌文化を問うてきたが、私は殺菌や消毒の全てを否定しているわけではない。皮膚を清潔に保ち、清潔な環境で生きることが、病原菌の感染を防ぐことは紛れもない事実である。公衆衛生の考えに基づけば、私たちが健康に安心して暮らすために、なくてはならないものだ。
しかし、何事にもいえることだが、「過剰」は毒になる。まさに「過ぎたるは猶及ばざるが如し」。現代社会は既に、かつて類を見ないほど清潔である。
確かに、狩猟採集の時代には存在しなかった現代特有の空気汚染や化学物質による汚れはある。だが、それに対して過度に反応しすぎる必要はない。
少し乱暴な言い方をすれば、「ハチの中には人を刺して死に至らしめる個体もいる。だからハチはすべて絶滅させてしまおう」と言っているようなものである。その結果、自然界のバランスを崩し、数々の問題を引き起こすことを、私たちは見過ごしてはいないだろうか。
大切なのは、菌を恐れることではなく、うまく共存すること。それが本当の意味で「健康的な生き方」なのだと思う。
私たちの健康や心身の状態は人それぞれである。大切なのは、リスクと向き合いながら、私たちを生かしている微生物たちの生態系を壊さないように心がけることだ。
本稿は一般的な情報であり、診断や治療の代わりになるものではありません。持病のある方、乳幼児や高齢の方、免疫力が低下している方は、医師の指示を優先してください。
参考文献
参考文献
- Stein et al.「Innate Immunity and Asthma Risk in Amish and Hutterite Farm Children」(NEJM, 2016)
- Frontiers in Immunology「The Hygiene Hypothesis and the Lessons Learnt From Farm Studies」
- Ege et al.(2011)を含む衛生仮説のエビデンス一覧
- Hancox氏の解説(LSHTMの研究への言及を含む)
- CMAJ「Postnatal exposure to household disinfectants, infant gut microbiota and subsequent risk of overweight in children」
- JAMA Network Open「Association of Occupational Exposure to Disinfectants With Incidence of COPD Among US Female Nurses」
- CBIA「CDC Updates COVID-19 Cleaning, Disinfection Guidance」
- STAT「FDA bans triclosan」
- Disruption of the Gut Microbiome: Clostridium difficile Infection
- 厚生労働省「抗菌薬使用量の推移と国際比較」
- 厚生労働省「AMR対策アクションプランの成果指標」
- 東京都「AMR対策」資料
- ラジオNIKKEI「外来診療における抗菌薬処方の現状とその対策」
- 薬事日報「薬剤耐性防止へ行動計画」
- 日本医事新報社「手指衛生による接触皮膚炎の対応は?」
- 感染対策ICTジャーナル「感染対策成功のための皮膚の清潔・健康管理」
- 東洋経済オンライン「手洗いしすぎで『手荒れ』に悩む人への解決法」
- CareNet「医療者における毎日の手指消毒剤、皮膚バリアへの影響は?」
- 化学工学会誌「抗菌の定義(JIS Z 2801)」
- JIS Z 2801の概要
- Weblio「殺菌」
- Weblio「除菌」(手指の滅菌について)



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